北総線の北国分駅から矢切駅まで歩いて神社巡り ~ 伊弉諾神社、堀之内貝塚神社、愛宕神社で巨木に出会う

市川市内の全神社で参拝するという目標がなければ、訪問しなかった場所です。
北総線は、料金が高いことで有名な路線。しかも、普段使っているJR総武線とは繋がっていません。

どうやって、この場所にアプローチするか熟考した結果、歩くの大好き人間らしく、JR総武線市川駅から歩いて北総線の北国分駅に向かうことにします。

歩く距離なども考慮し、今回は3つの神社を巡ることにしました。
伊弉諾神社、堀之内貝塚神社、愛宕神社を参拝します。

伊弉諾神社 (いざなぎ じんじゃ)

伊弉諾神社の所在地:千葉県市川市堀之内4丁目26−13

北総線北国分駅からほど近い、住宅街の中に鎮座していました。
一の鳥居をくぐり参道を右に曲がった先に社殿があります。
境内で目立つのは大きなハリギリの木。

伊弉諾神社
伊弉諾神社

境内に入ると直ぐ右横に「青面金剛」の石碑があります。石碑には「文化」の年号が刻まれてました。
もともと、この場所にあったかは別にして古いものに出会える予感がします。(庚申塔の詳細は後述)

二の鳥居から拝殿を望みます。
石灯籠や拝殿前の狛犬は奉納年が不明ですが、比較的新しそうです。

伊弉諾神社 社殿
伊弉諾神社 社殿

拝殿の彫刻が見事です。
シンプルですが、良い仕事がされています。
現在の社殿は昭和11年の造営だそうです。(千葉県神社庁のホームページより)
社殿の造営を昭和12年としているサイトもあるので、まあ、そのあたりということで...

伊弉諾神社 拝殿彫刻
伊弉諾神社 拝殿彫刻

本殿も良い作りです。
派手さは無いですが、腕の良い職人が作ったということが伝わってきます。
もしかすると、本殿は昭和11年の造営ではなく、もっと古いかも。そんな雰囲気が漂う作りになっています。

注目したのは、本殿前の狛犬と石灯籠。かなり古そうです。

伊弉諾神社 本殿
伊弉諾神社 本殿

狛犬の四方八方から写真を撮って、年代が分からないか確認しましたが、残念。

石灯籠で「天保」の年号が読み取れたので期待したのですが、狛犬の台座に彫られた文字が読み取れません。
市川市の調査資料では、石灯籠は天保3年(1832年)、手洗石が天保2年(1831年)、狛犬が安政6年(1859年)となっている。

伊弉諾神社 本殿前の狛犬と石灯籠
伊弉諾神社 本殿前の狛犬と石灯籠

ハリギリの大木があることなどからも、伊弉諾神社は歴史ある神社なのですが、御由緒がさっぱり分かりません。
千葉県神社庁のホームページでも、「江戸時代における下総国分寺記録ならびに拝殿の社額を残すのみで、それ以前については不詳である。」と冷たい。

伊弉諾神社の境内社

小さな石の祠が5つ。その横にやや大きめの木の祠が1つとなっています。

伊弉諾神社の境内社
伊弉諾神社の境内社

5つの石作りの祠のいくつかは、文字が刻まれていて読み取ることができます。
一番左「雷●●」
左から2番目「不明」
真ん中は、石仏らしきもの
右から2番目「天満宮」
一番右「●●●宮」

天満宮の側面の文字を読み取られた方がいて、安政という年号があるという。(市川市の調査資料では安永9年(1780年))
その他、市川市の資料によれば、
一番左の「雷●●」は「雷電」で「明治5年の奉納」。
どれか分からないが、読み取り不能の石祠の側面に寛政6年(1794年)の年号があるそうだ。

伊弉諾神社の境内社 大杉神社
伊弉諾神社の境内社 大杉神社

木製の祠の中には「大杉大神」と書かれた石造りの碑があります。
良く見ると、「阿波」「大杉」と書かれたお神札もあります。
どうやら、茨城県稲敷市阿波にある大杉神社の分霊を祀っているようです。
市川市の調査資料によれば、奉納年は昭和32年(1957年)。

富士嶽神社、伊勢参宮記念碑

神社の一角には、「富士嶽神社」と刻まれた石碑があります。(写真右)
こちらは大正13年の富士登山記念として奉納されたもの。

富士嶽神社、伊勢参宮記念碑
富士嶽神社、伊勢参宮記念碑

写真左側は「伊勢参宮之紀念」と刻まれた石碑です。
こちらは、大正10年の伊勢参宮の記念に建てられたもの。

伊弉諾神社の庚申塔

先ほどの参道を入って直ぐ脇にあった庚申塔をじっくり観察します。
塀に近すぎて、観察しにくいですが...

伊弉諾神社の庚申塔
伊弉諾神社の庚申塔

台座に三猿が描かれています。石柱の文字は、梵字に続いて「青面金剛」。
石柱の右の側面が道標になっています。

右側面に刻まれた文字は、劣化もあって読み取り辛いですが、
「西 松戸」「東 堀之内」「南 國分寺」「 大はし」「道」(赤字は手元の資料から転記)

左側面は、紀年銘になっています。
「文化六己巳十一月吉日」

文化6年(1809年)の庚申塔でした。

堀之内貝塚神社 (駒形様の祠)

堀之内貝塚神社の所在地:千葉県市川市堀之内2丁目27−1 市立市川歴史博物館

市川歴史博物館の横の道を堀之内貝塚に向かって登っていく途中の広場に、堀之内貝塚神社はあります。
なぜ、こんな場所にというような所に鳥居と祠があります。
訪問したのが平日の月曜日ということもあり、人通りもまばらで、怖いくらいの静けさに包まれていました。

堀之内貝塚神社は森の中
堀之内貝塚神社は森の中

堀之内貝塚神社の近くに看板は出ているものの、そこには堀之内貝塚の説明しか書かれていません。
そんなこともあってか、ネットを探しても、堀之内貝塚神社に関する情報は皆無。

祠の中を覗いてみましたが、御祭神が何なのかは分からず仕舞い。
祠の左右には太い切り株が残っています。更に、祠の後ろにも立派な一本の木。
想像するに、左右の木を切る前は、自然の祠のような姿だったのでは...

堀之内貝塚神社
堀之内貝塚神社

この場所が、公園として整備されたのは、堀之内貝塚が国指定史跡となった1964年以降なので、こちらの神社も、それ以降の鎮座と推測してみました。ところが...

堀之内貝塚公園案内板
堀之内貝塚公園案内板

堀之内貝塚公園案内板に「駒形様のほこら」と書かれています。詳細不明だった神社の情報が得られました。
更に、後日、市川歴史博物館が開館している日に再訪問。市川歴史博物館で「市川市の石造物」という資料を購入します。
そこには「駒形神」で、石祠に「宝永4年(1707年)」と奉納年が刻まれていることが記載されてました。

市川歴史博物館の裏庭には、市内各所から集められた石灯籠や道標などがあります。
その中には、市川市八幡1丁目で屋敷神(稲荷大神)として使われていた石造りの祠が2つあります。年代は文化5年と文政6年。

市川歴史博物館の裏庭の石造り祠
市川歴史博物館の裏庭の石造り祠

折角行くなら、博物館が休館日の月曜を避ければ良かったと反省。

堀之内貝塚は、縄文時代後期ころに形成されたそう。貝塚の下の層からは竪穴式住居跡も出てきたというから、どんだけ古いんだという感じです。東京の下町が海だったころに、このあたりに人が住んでいたんですね。

堀之内貝塚公園はアップダウンのあるコースで一周40分ほどです。市川駅からここまで歩いてきた脚のことを考えて今回は公園歩きはパスしました。

愛宕神社

愛宕神社の所在地:千葉県市川市北国分1丁目12−24

このイチョウの巨木に出会えただけで幸せな気持ちになれました。
参道入り口にある2本のイチョウの木は樹齢が不明ですが、おそらく愛宕神社が出来た頃(350年前)に植えられたと言われています。

大イチョウの間を抜けると愛宕神社までの長い参道が続きます。

愛宕神社の大イチョウ
愛宕神社の大イチョウ

参道の入り口付近では、あまりにイチョウが大きいため写真に納まりきりません。
参道を歩いて行く途中で振り返って、写真を撮りましたが、大きさが伝わるでしょうか。
いつもなら「ほー」とか「おー」とか言うのですが、声も出ないくらい圧倒されました。

参道から振り返ってイチョウを眺める
参道から振り返ってイチョウを眺める

愛宕神社の社殿に到着

社殿のある場所だけ、一段高くなっています。
周囲は住宅街なのですが、ここだけは時代が止まったかのような別世界。
そう思わせるのは、境内にある立派な木々だけではなく、周辺住民の方によって大切に守られてきた歴史を感じさせる何かがあります。

愛宕神社
愛宕神社

シンプルな拝殿ですが、歴史を感じさせるのには十分な雰囲気をだしています。
社殿は昭和9年(1934年)の造営だそうですが、定期的なメンテナンスがされているようで、綺麗な状態を保っていました。

愛宕神社 拝殿
愛宕神社 拝殿

御由緒が不明な神社のようで、千葉県神社庁のホームページでも、御祭神以外は書かれていない状況です。

不思議なことに、市川市は「神社が出来たころに植えられたのでイチョウは樹齢350年くらい」と言っている訳で、愛宕神社が創建された年代を特定しているかのよう。
一方でイチョウの樹齢は500年くらいなので、神社も500年間に創建されたとする説もあります。

さて、どっちが本当でしょうか。
北国分が開拓され人が住むようになったのは江戸時代。なので、500年前はないでしょう。

愛宕神社 本殿
愛宕神社 本殿

愛宕神社の個性的な狛犬

あまりにも個性的で、2度見したほどです。
一言で言うと「下手ウマ」

愛宕神社の狛犬(右)
愛宕神社の狛犬(右)

サル顔の狛犬は、何度か見たことがあります。その流れをくむタイプ。
さらに顔と胴体のバランスでいえば、2頭身型。
首からさげた赤い布は、狛犬では、めったに見ないパターン。お稲荷さん系なのかな?

愛宕神社の狛犬(右) 別角度から
愛宕神社の狛犬(右) 別角度から

折角なので、対になっている左側の狛犬についても見ていきます。

愛宕神社の狛犬(左)
愛宕神社の狛犬(左)

微妙に顔の感じが左右で違うようです。
ここいらへんが、下手うま系の真骨頂というところです。見ている方を飽きさせないところがgood。

奉納者は刻まれているのですが、奉納年が分かりません。「仁右エ門」さんというお名前から察して、明治以前か。

愛宕神社の狛犬(左) 別角度から
愛宕神社の狛犬(左) 別角度から

愛宕神社の手水鉢は歴史あるものでした

手水鉢に奉納年が刻まれていました。
そこには「文政6年」(1823年)とあります。

愛宕神社の手水鉢
愛宕神社の手水鉢

古いものですが、手水鉢が綺麗な状態で残っていることや手水舎が新しいため、手水鉢の古さや歴史が伝わってきません。(残念!)

愛宕神社の境内社

境内社としては、石の祠が4つあります。
なんと、奉納年と祭神が書かれた看板がでています。本当に助かります。

愛宕神社の境内社
愛宕神社の境内社

左から、
稲荷大明神(大正12年)
天満宮(明治4年)
天照皇大神宮(不詳)
稲荷様(天保12年) 市川市の調査資料によれば「稲荷大●●」と石祠に刻まれているそうだ。

愛宕神社の境内社 案内板
愛宕神社の境内社 案内板

まとめ

愛宕神社の参拝を終えた後、北総線の矢切駅に向かいます。
矢切駅前からは、京成バスで市川駅に戻ることもできます。若しくは、矢切駅周辺で更に神社巡りをすることも可能です。

このあたりは松戸市との境目。松戸市側で神社巡りをするも良し、市川市側で神社巡りするも良しというところ。但し、アップダウンのあるコース故、距離以上に疲労した脚と相談して決めましょう。
私は、市川駅まで歩くという選択をしましたが。松戸街道沿いに市川駅に向かうならバスの本数が多いのでギブアップ時も楽です。

今回の市川市北部の神社巡りは、巨木との出会いと歴史を感じる歩き旅になりました。